【書籍】国家の栄枯をたどる-その3-

『国家はなぜ衰退するのか』 

【書籍】国家の栄枯をたどる-その2-はこちら

kometame.hatenablog.com

前編では、今もなお継続的な発展を達成できない国家には、収奪的な制度が存在するという話をしてきました。

その収奪的な制度のせいで、混乱と搾取を繰り返す悪循環から抜け出せず、国家は繁栄へと駒を進めることができない。

で、本編では継続的な発展を獲得するにはどのような制度が必要であるか、そしてその制度はどのように獲得できるのかという話をします。

 

 『国家はなぜ衰退するのか』 (以下、『なぜ国』)はこう主張します。

国家が継続的に発展するためには、包括的な政治経済制度が必要である。

”包括的な経済制度とは、個人に自由に経済活動を行うチャンスが与えられ、その結果獲得された財産が守られる制度である。”

さらに、

”自由な経済活動の参加と財産の保障は、個人にインセンティヴを与え、教育の質の向上とテクノロジーの進歩を促し、継続的な経済発展をもたらせる。”と主張しています。

確かに、財産を築いても収奪される心配がなければ、みんな富を手にしようと努力しますよね。

 

で、包括的な政治経済制度が国家の継続的な発展に必要だってのはわかったんだけど、

なんでこんにち繁栄する国家が、収奪的な制度から包括的な政治経済制度に移行することができたの?って話をしていきます。

『なぜ国』はその理由を以下のように分析しています。

”包括的な制度へ移行する分岐点となったのは、封建的社会において、広範囲な連合が専制政治に立ち向かい、絶対君主制を包括的で多元的な制度に変換できたかからである。”

つまり打倒される側が中央集権化されており、打倒する側が複数の連合から成る組織であったかってこと。

逆に打倒される側が分権的であったり、クーデターを起こした側が個人や単一のグループであった場合、包括的な制度を生み出すことができず、更なる混乱と収奪がもたらされてしまう。

平たくいうと、既存の支配者が打倒された時の状況次第で、国家の発展が決まるってこと。

 

そんで人類が歩んできた、「社会の混乱→収奪→反乱→衰退or発展」の歴史的経緯を、わたくしIT土方らしくフローチャートにしてみました。

少し前、仕事で3ヶ月間こんな感じの流れ図をひたすら書いている時期があったんですね笑。

フローチャートとはプロセスの各過程を箱で示し、矢印でつなげることで、物事の流れを図式化したものです。

台形に囲まれた部分がループになっていてこの中をぐるぐる循環している。

ここでは社会が「自然・人的混乱」に直面したところからスタートします。そして、各過程を経て、また「自然・人的混乱」に戻ってくる。

で、長方形は歴史の出来事を示し、菱形はYES or NOの分岐を表しています。

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上記のフローチャートを説明するために、いち早く包括的な制度を成し遂げたイギリスを例にとってみましょう。

まずイギリス社会に壊滅的な危機が訪れたのは1346年のペスト。実に人口の半数が減少し、社会に大混乱がもたらされた。これに加えてフランスとの百年戦争。これがフローチャートの最上部「自然・人的混乱」。

次に、当時農民を搾取する封建制度を取り入れていたイギリスは、「包括的制度」を有していなかったので、分岐の答えは「NO」つまり「独裁と収奪」へ進む。支配者が混乱を収拾するために、農民を一層締め付けたんですね。

これに対して一般市民は「革命と反乱」を起こす。搾取に耐えられなくなった農民達は一揆を起こします。

そしてこの「革命と反乱」が「社会制度が中央集権的で、反乱が連合によるもの」であったため、分岐は「YES」。

そして「包括的制度」の要素を保持し、「革命と反乱」から生じた混乱状態のまま、最初のループ「自然・人的混乱」へと戻る。

反乱当時イギリスはプランタジネット朝の元で中央集権が強化され、反乱の参加者は組織化された農民達によって起こされた。これが「包括的要素」。

この反乱が「包括的要素」のもとに達成されたことが継続的な成長への転換点となった。

そして「包括的制度?→YES」で右のフロー「社会制度の整備」へ進む。

この「包括的要素」があったおかげで、農民一揆後の「人的混乱」の後も「独裁と収奪」へと進まず、「社会制度の整備」が行われ、「社会の発展」が進んだ。

もちろん包括的制度を有していたからといって、すぐさま国家が繁栄!とはならない。

でも、農民一揆が分岐点となり、のちに独裁や混乱が生じても、イギリスの政治経済制度はより一層包括的になっていった。そしていち早く国家の繁栄へと駒を進めた。

 

これって日本の近代史にも当てはまりますよね。

江戸幕府が倒れ、社会が混乱してたけど、最終的には明治政府が樹立し、きちんと法整備が行われた。そのおかげで現在まで日本は成長を続けることができてるんですね。

倒幕の際、江戸幕府により社会は中央集権化されていたし、反乱を起こした組織も多元的であった。この2つの要因が繁栄国家へと駒を進める大きな分かれ道となった。

 

でも、イギリスや日本みたいに「革命と反乱」が起きた時、国家が中央集権的状態でかつ複数の連合が国をひっくり返すみたいな状況が成立したのはなんで?

著者は”複数の歴史的要因と偶然が重なった”って述べている。

つまりたまたまだったってことですよね。

多くは社会的混乱が起きた際に更なる独裁と収奪に支配され、再び社会は混乱に陥る。

 

アラブの春を見ているとほんとーにこのパターンだと思いますよね。

アラブ諸国で革命が起きた際、確かに社会は中央集権的であったかもしれないけど、革命を起こした際に多様な組織は存在してなかった。Facebookとかで集まった一般市民の個々の集まりだったりして。

だから革命による混乱後も、「誰が国を導くのさ?どうすんの?」って感じで、なかなか社会制度化が進まない。

 

国家が継続的な繁栄へ舵をとる契機となるのは革命や反乱がつきものだけど、

大事なのって革命や反乱そのものというより、その時の社会制度や組織体系であるってこと。 

 

ということで本編をざっくりまとめると、

国家が継続的に発展するためには、包括的な政治経済制度つまり、自由に経済活動ができて、その財産が守られることが不可欠。そして包括的制度が整備されるためには、中央集権的組織を打倒する組織化された集団が必要。そんな要因が整ったのは複数の歴史的要素と偶然によってもたらされた奇跡なんだよ。”ってなります。

 

今は2020年3月、コロナウィルスの猛威が日本を襲っていますね。

この時ちょうどこの本を読んでてよかったなと思うのは、日本はほんとに強い国だと再認識できたから。

『なぜ国』を通して、日本は他国の影響を受けずに自ら包括的な制度を確立した数少ない国だって思う。欧米諸国はイギリスの影響を受けて国の制度化が進んだけど、日本は自ら包括的な制度の道を切り開いた。そんな国ってイギリスと日本くらいしかないなと思う。

だからこの混乱を乗り越えて日本はさらなる発展へと駒を進めることができるのでは?と希望的観測をしている今日この頃でした。 

『国家はなぜ衰退するのか』と『銃・病原菌・鉄』。

この2冊を紹介してくれた先生方ありがとう!!

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 ウズベキスタン旧ソ連の無謀な灌漑政策により干上がったアラル海より